「郭沫若の足跡を追って」ー市川市郭沫若記念館

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日本千叶县市川市郭沫若纪念馆

人から「郭沫若故居に行った」と言われたら、どこを想像するだろうか。楽山か、北京の什刹海か。今回紹介するのは、なんと日本の千葉県市川市に残る郭沫若故居である。

 郭沫若は1927年の上海クーデター(四一二反革命政変)後、南昌蜂起(南昌起义)に参加したが、国民政府に追われる身となり、1928年2月、船に乗り日本へ渡った。ここに至る経緯は、非常にドラマに満ちたものである。郭沫若は実のところ、当初は日本ではなくソ連に行くつもりだった。冬のモスクワに備えて、毛皮のコートや防寒着も用意していたし、ウラジオストク行の船も手配していた。

 しかし乗船予定だった1927年12月6日、当日になって船が出ないという連絡が来た。出発の延期である。すると12月8日、今度は郭沫若自身が発疹チフスにかかり、1か月間入院することになった。乗船予定だった船はその間に出向し、郭沫若一家のソ連行は不可能となった。その結果、妻が日本人であることや、子どもたちも中国語より日本語が得意であることなども手伝い、滞在先や行き先も考えないまま、日本行の船に乗り込むことになったのである。つまり、その後10年間にわたり日本で過ごすことになったのは、ある意味では偶然の産物である。もし発疹チフスが発症しなければ、郭沫若はその後ソ連にわたり、モスクワで暮らしていただろうし、もし発症が数日遅ければ、ウラジオストク行の船内で発症し、とてもモスクワまではたどりないまま世を去ることになっていただろう。

 この偶然の結果日本にたどり着いた郭沫若一家は、知人の伝手を通じて千葉県市川市で生活を始めた。市川市は東京から江戸川をはさんで目と鼻の先であり、現在も東京近郊の住宅地として、多くの住民が東京に通勤・通学している地域である。郭沫若も、ここを拠点にして東京の書店や図書館、現在まで続くアジア研究の一大拠点である東洋文庫などに足を運んでいた。また、東京府(当時)と千葉県の境界に位置するため、東京と千葉の警察の管轄があいまいなところでもあり、「亡命者」の立場で滞在していた郭沫若にとっても、いくらの安心を感じられるところでもあった。

 市川での最初の家は現在の市川真間郵便局の近くであり、郭沫若は「はなはだ古く、せまく、日が当たらない」と、少し不満だったようである。偽名で入国していたこともあり、ここ5か月ほど住むうちに郭沫若は警察に逮捕され、その後も監視される生活となった。周囲の目を気にし、居心地の悪くなった郭沫若一家は歩いて5分ほど、手児奈という古代の美女を祭った神社である手児奈霊神堂の近くに転居する。郭沫若はこの家の南東に向いた部屋を書斎にしたが、この書斎が大変気に入り、「中国古代社会研究」、「甲骨文字研究」、「殷周青銅器銘文研究」などを書き上げている。

手児奈霊神堂

 ずいぶんと前置きが長くなったが、この家に2年ほど住んだ後、1930年9月から1937年7月、抗日に参加するため帰国するまで、7年間生活をしたのが今回紹介する郭沫若記念館である。市川市須和田にあったが、老朽化が進んだことで2004年、1キロほど離れた現在地に移築・復元され、周辺が郭沫若記念公園として整備された。5間からなる典型的な平屋だが、市川で最初に住んだ家が3間しかなかったというから、それと比べると生活環境は好転したと思われる。日本に来て当初は中国からの仕送りだけで生計を立てていたが、しばらくして仕送りは途絶えた一方で、中国の媒体向けに原稿の執筆をはじめ、多少生活に余裕が出てきたという事情もあっただろう。

 逆L字型をした家屋のなかで、郭沫若が書斎として使用していたのは一番奥に当たる部分である。現在は、もともと縁側だった部分が記念館入り口になっているため、入場してすぐに目にすることができる。この書斎では「創造十年」などが執筆されたほか、1944年には来日した周作人も当地を訪れている。中国現代文学における重要な空間と言える。

 1937年7月25日、郭沫若は朝4時半に目を覚まし、家族の誰にも告げずにこの家を去り、中国へ帰る。その後、抗日戦争、国共内戦、中華人民共和国成立と激動の時代が訪れるのは周知のとおりである。郭沫若が再び市川を訪れるのは1955年、中国科学院による視察団団長という立場であった。かつて過ごした土地に、自らの立場も、祖国も、そして日中両国の関係も大きく変わってから再訪するというのは、どのような心持だっただろうか。それは郭沫若本人以外知る由もないが、かつて過ごした地への別れの言葉として「別須和田」という詩を作り「再来慶解放 別矣須和田」という言葉で締めくくっている。

 「別須和田」は1967年に近隣の須和田公園内に石碑が作られ、現在に残されている。郭沫若記念館とともに訪れることをお勧めしたい。

【郭沫若記念館】

交通アクセス:JR市川駅より徒歩20分、京成線市川真間駅より徒歩15分

開館時間:毎週金・土・日曜日 10:00~16;00(最終入館は閉館の30分前まで

入場入場無料

作者 河野正
 東京大学社会科学研究所助教。博士(文学)。専門は中国現代史。2003~2004年に北京師範大学漢語文化学院、2009~2010年に南開大学歴史学院に留学。歴史研究の傍ら、世界各地で埋もれた歴史スポットの発掘をおこなっている。

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